高橋一生

高橋一生の生い立ちが壮絶!母親との確執や父親3人で兄弟構成が複雑!

2019年7月スタートのドラマ「凪のお暇」に出演する高橋一生さん。

最近は歌手としても活動するなどその多才さに注目が集まっています。

そんな高橋さん、実は生い立ちが壮絶だと言われています。

母親と確執があるとか、父親3人いるだとか話を聞くだけで複雑な環境で育っていることが伺えます。

今回は高橋さんの家族環境についてや、母親のエピソードを中心にお伝えしていきます!

高橋さんの弟さんの画像なども公開していきますので、ご期待くださいね!

高橋一生の家族や兄弟構成が複雑過ぎる!

高橋一生さんの家族・兄弟構成はかなり複雑です。

この図をご覧ください。

高橋一生さんは最初のお父さんの子どもで、他の兄弟とはお父さんが違うのですね!

ちなみに1番目のお父さんと次男・三男のお父さんである2番目のお父さんは死別しており、四男・五男のお父さんとは離婚しています。

高橋さんはお母さんが18歳の時の子どもで、年の離れた弟達の面倒をよく見ていました。

「(四男と五男が)19歳と17歳。(弟が)小さい頃なんて自分の子どものようにこう。おむつも替えられるようになったりして」

と、インタビューで語り高橋さんが子どもの時からしっかりしていたことがわかりますね。

しかし、自分のお父さんと死別したあと、お父さんが2回も代わるなんて子どもながらにかなり複雑な感情を抱いていたのではないかと思います。

弟(三男)・安部勇磨はミュージシャン!

高橋一生さんの弟(三男)の安部勇磨さんはミュージシャンです。

フォークとインディーロックを融合した新しい音楽を奏でている「never young beach」というバンドのギターボーカルを務めています。

弟さんなので、高橋さんに似ているのかな・・と思いきや、下の画像を見るとそんなに似ていませんね

似ていない理由としては、やはり高橋一生さんと安部勇磨さんのお父さんが違うということが大きく関わっていると思います。

しかし、高橋さんの歌声をドラマ「カルテット」のエンディングテーマ「おとなの掟」や高橋さんのデビュー曲「きみに会いたい -Dance with you-」を聞くと安部さんの声とそっくりなのです。

また、2017年には資生堂「スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017」のPRで高橋さんはショートドラマに出演。

その主題歌を担当したのが安部さんのバンド「never young beach」!

双方の仕事で兄弟コラボが実現し、高橋さんも安部さんもとてもうれしかったのではないかと思います。

高橋一生の母親はホステスだった?

高橋一生さんの母親はホステスだったという噂があります。

この噂はたんに、高橋さんの母親が3回結婚していることから「恋多き女性=ホステス」などという短絡的に噂になったものでした。

実際にホステスをしていたというような事実はなく、高橋さんの実のお父さんが5歳の時に亡くなったため、お母さんは2回目の結婚まではシングルマザーとして働いていました。

2度目の結婚の時が1番経済的に安定していて、高橋さん達は赤坂に住んでいたということから、母親の職業ははっきりとはわかりませんが、共働きだった可能性も高いですね。

とはいえ、5人もお子さんを出産・育児しているのでなかなか大変だったのではないでしょうか。

高橋一生の母親の毒親ぶりが凄い!

高橋一生さんの母親の毒親ぶりが凄い!と話題になっています。

高橋さんと母親は仲があまり良くなかったようで、なんと10年くらい会わない時期もあったと言います。

それはもしかして、毒親だったからなのでは・・とついつい勘ぐってしまいます。

次の項から詳しくみていきましょう。

母親の事業の失敗で引っ越しの回数が凄い!

高橋さんのお母さんは前述で共働きしていたのではないかとふれましたが、実際は、何年かどこかで働いてそれを元手に事業を始めるものの、すぐ失敗してしまうというような働き方をしていました。

高橋さんは小学校・中学校は港区青山にある公立学校を出ているため、その時期は住まいは安定していたのではないかと思います。

しかし、三男の安部さんの話によるとその青山から実家はかなり転々とします。

 最初は青山に住んでて、そこから赤坂、成城学園、祖師谷、千駄木とか本駒込、転々と引っ越して。そのあと、後楽園遊園地のほうにも行ったりして。最終的に、三軒茶屋、祐天寺に落ち着いて。実家がどんどん移動するんですよ(笑)。

お母さんはどうしても事業などが失敗しても、都内の世田谷区周辺から離れるという意識がなく、世田谷周辺をかなり転々と引っ越しを重ねていたそうです。

学齢期にあった高橋さん以下の兄弟は学校も転校を重ねていた可能性も高いので、なかなか母親に振り回されるような生活を送っていたのだと考えられます。

母親から友人に無心させられることも・・・

そして、なんと高橋さんら子ども達は母親から友人にお金を無心させられることもあったのだとか!!

2人目のお父さんとは結婚していた時期も別居していた時期が長く、お父さんと会う時も3男の安部さんはお母さんにお金を徴収してきてと頼まれていました

また、仲が良い友達のお母さんが安部さんをかわいがっていることを知った母親は、

「その友達のお母さんに100万借りてこい」

などというような人だったのです。

高橋さんが成人し、実家から離れて暮らしている時期に、弟達が高橋さんと連絡を取っていると、母親は高橋さんにまでお金を借りろと弟達に命令

弟達は高橋さんに迷惑がかかるとなかなか連絡を取らないようにしていた時期もあったとか。

なかなかすごいお母さんですね・・高橋さんをはじめとした子ども達が不憫に感じます。

「たいした顔してないんだから」と母親に否定される

金銭面だけでなく発言もなかなかひどかったという高橋さんの母親。

高橋さんが「A-STADIO」に出演時に、母親から言われた発言を紹介していました。

上の画像のような高橋さんの若い時期には、

 「あんたは大した顔してないんだから、近所の兄ちゃんの役をしたらいい 」

と助言していたのだとか。

「身の程を知りなさい」というような意味にもとれる発言ですが、たいした顔をしていないという発言はなかなか厳しい発言ですね。

とはいえ、人気があり演技の実力も備わっている高橋さんがいつも周囲に気配りをして謙虚なのも、そういったお母さんの教えによるものなのかもしれません。

私物を売られ・・・絶縁状態に!

高橋一生さんは、上記のような母親の毒親ぶりに耐えかね、ついに絶縁状態になってしまいます。

きっかけは、高橋さんの愛車を無断で売ったことでした。

お金を無心されたり、弟達の面倒を親身に見ていただけに、私物まで勝手に手をかけられてしまい、信頼がついに揺らいでしまったのかもしれません。

その後10年ほど一切連絡を母親とは取らなかったというのだから、高橋さんの堪忍袋の緒が切れたということだったのでしょうね。

高橋一生が母親と死別!最期に和解

高橋一生さんは、2015年に母親と死別しています。

母親がガンで闘病していることを三男の安部さんから聞いていたものの、また喧嘩してしまうことを恐れて、もう少し母親が弱るまで会うのを待ちたいと安部さんに話していました。

その後病状が悪化してきたタイミングでついに母親と再会し、ついに和解

母親は高橋さんに、

 「ごめんね、今まで」

と謝りました。

高橋さんは、それを聞いて弟達を任せてと母親と約束

その後1週間ほどで亡くなったのですが、最期の時も立ち会いました。

和解したエピソードだけでも、高橋さんの母親に対する愛憎入り交じる思いが感じられますね。

色々な思いがありながらも弟達のことを親代わりに引き受ける高橋さんの器の大きさを感じます。

まとめ

高橋一生さんの生い立ちについて調べましたが、かなり壮絶でした。

父親が3人代わり、兄弟が多かったりと家庭環境がかなり複雑で驚きました。

また、母親の毒親エピソードは強烈で、高橋さんと確執があったというのも無理ないな・・と思ってしまいました。

7月スタートのドラマ「凪のお暇」では主人公の元カレ役を演じる高橋さん。

ヒロインを罵倒するなどなかなか癖のある役どころのため、高橋さんの演技力を思う存分堪能できるのではないかと思います!!