堺雅人

堺雅人は大学時代モテた!中退の理由や障害の真相は?

大ヒットドラマ「半沢直樹」続編の放送が春に控えている堺雅人さん。

大人気俳優の堺さんですから、大学時代もモテモテだったそうです。

しかし、大学はなぜか中退しています。

その大学中退の理由は、堺さんが抱えるある障害とも関係があるのでしょうか?

今回は、大学時代の堺さんのことを中心に調査しました!

さらに、ほかにも堺雅人さんの学生時代の輝かしい実績も含め、詳しくお伝えしていきます!

堺雅人の中学や偏差値は?

堺雅人さんの出身地は宮崎県宮崎市です。

小学校は地元の市立・国富小学校に通い、同校を卒業しています。

そして、中学への進学時に受験をし、見事合格

国立・宮崎大学教育学部附属中学校へ進学しています。

国立中学校に通っていたなんて、子供時代からとても優秀だったのですね。

この宮崎大学教育学部附属中学校の偏差値は「56~57」と、入学するのは簡単ではありません。

実際、宮崎県内では屈指の学力を誇る名門校として知られています。

そんな宮崎大学教育学部附属中学校において、堺さんは吹奏楽祭に所属していました。

担当楽器はホルンです。

堺さんの知的な雰囲気にピッタリですね。

さらに、中学2年生の時にはクラスの学級委員も務めていました。

昔から活発なタイプではなさそうですが、しっかりしていたのでしょう。

実際、中学時代の同級生からは、

「おっとりしているんだけど、芯は通っていましたね。」

と評されています。

中学時代には歴史にハマり、特にゲームの「三國志」がお気に入りでした。

パソコンを持っていなかった堺さんは、パソコンを持っている友人の家でたびたびプレイさせてもらっていたとのことです。

とても健全な中学時代を送っていたようですね!

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堺雅人の高校や偏差値は?

中学卒業後、堺雅人さんは県立・宮崎南高等学校へ進学します。

この宮崎南高校の偏差値は「56~61」。

国立大学への進学者を毎年多数輩出する名門進学校です。

さらに現在、宮崎県内で10番目に高い偏差値の高校でもあります。

やはり、堺さんの優秀さは変わらなかったようですね。

そんな堺さんが宮崎南高校に通っていたときの写真がこちらです。

卒業アルバムの写真になります。

見た目も雰囲気も、現在とほとんど変わりませんね。

そして文豪感漂うコメント「高校生活で得たものといえば・・・」はさすがです・・・。

さて、高校時代の堺さんはどのような生徒だったのでしょう?

演劇部に所属で才能を開花

高校に入った堺雅人さんは、ある大きな出会いを経験します。

それは「演劇」との出会い!

演劇部への入部を決断したのです。

ただ、演劇部に入った理由は、苦手な運動系の部活ではない上に顧問や部活内の上下関係が厳しくなさそう、という消極的なものでした。

しかし、次第に演劇の面白さに魅了されていきます。

演出家・つかこうへいさんの代表作「飛龍伝」を上演するなど、高校時代から演劇活動にのめり込んでいきました。

さらに、こんな情報もあります!

高校時代の堺さんは、出演するだけでなく自ら脚本も手がけていました。

その脚本は、全国高校演劇コンクールの九州大会で創作脚本賞を受賞

ストーリー制作の才能もあったのですね。

ちなみに、その脚本のタイトルは「春にして君と別れ」。

趣のあるおしゃれなタイトルですね。

さらに、高校在学時の1990年・1991年には、いずれも宮崎県大会で優勝

2連覇を達成する快挙を成し遂げています。

名優・堺雅人は高校時代からその頭角を現していたようです!


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堺雅人の大学は?障害で受験失敗はホント?

小学校時代から学業において優秀な成績を収め続けてきた堺雅人さん。

しかし、そんな堺さんには「数学」という唯一にして最大の弱点がありました。

計算が全くできない」と、過去に出演した番組で告白した堺さん。

さらに、左右の区別もつかず、車の運転の際などで指示されると混乱してしまうとも語っていました。

これらのエピソードから、堺さんは「学習障害」なのではと囁かれています。

学習障害では、知能に問題はないものの、簡単な読み書きや計算や左右の判別ができないなどの症状が見られることもあります。

これらの症状に、幼い頃から苦労を重ねてきた堺さん。

実際、「国立大学へ進学し、官僚になる」という夢を、第一志望だった国立大学の試験に落ちたという理由から断念しています。

国立大学に進学するためには、数学科目もあるセンター試験を受けなければいけません。

障害というハンデを抱えた堺さんにとっては、とても困難だったのだろうと思います。

しかし、記念受験だった早稲田大学に見事合格

数学の試験がなかった第一文学部中国文学へ進学しました。

数学は苦手でしたが、それ以外の教科はやはり優秀だったのでしょう。

堺雅人は「早稲田のプリンス」でモテた!

早稲田大学へ入学した堺雅人さん。

堺さんが進学した第一文学部は、当時から学生演劇が盛んでした。

高校時代に演劇部で活躍していた堺さんです。

そんな状況だったため、当然のごとくまた演劇の世界に足を踏み入れます。

演劇研究会に入り、1年生の時に同志たちと劇団「東京オレンジ」を立ち上げています。

それからの堺さんは、授業はそっちのけ。

とにかく演劇に打ち込んだ日々を送っていました。

その努力もあり、劇団では看板俳優として大活躍

早稲田のプリンス」と呼ばれ、高い人気を獲得していました。

大学時代からモテモテだったのですね。

当時から、他とは違う何かがあったということでしょう。

そんな劇団「東京オレンジ」ですが、堺さんは現在もその名誉団員として後輩たちの憧れの的となっています。


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堺雅人が大学を中退した理由は?

演劇漬けともいえる大学時代を送っていた堺雅人さん。

そんな大学時代、ついに堺さんは真剣に役者の道を目指すことを決意します。

そして、その役者になるという夢を理由に、3年生の春に早稲田大学を中退したのです。

そもそも、堺さんは演劇研究会に入るにあたり、

「劇研に入る以上は半端な気持ちでやりたくないと思っていましたから、ゆくゆくは大学を中退することになり、親からの仕送りもなくなると確信していました。」

との覚悟を持っていました。

したがって、大学中退は堺さんの中では想定内だったのです。

けれども、堺さんの両親にとって、息子の大学中退はまさに青天の霹靂でした。

その上、中退の報告が事後報告だったこともあり大激怒

それから両親とは8年近くも絶縁状態だったと、後に堺さんは語っています。

両親の怒りも分かりますし、これは当然の結果と言えるでしょう。

絶縁状態は、堺さんが朝ドラ「オードリー」への出演を果たした2000年まで続きました。

現在は両親を東京に迎え、親孝行しているという堺さん。

親子関係が修復して良かったですね。

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まとめ

習障害により数学が大の苦手で、国立大学受験の失敗してしまった堺雅人さん。

早稲田大学第一文学部で過ごした大学時代は、学業よりも演劇に没頭!

劇団「東京オレンジ」の旗揚げに参加し、その劇団の看板役者として「早稲田のプリンス」とも呼ばれるほど人気者でした。

3年生の春に、役者になるという理由で大学を中退します。

大学中退により両親から勘当され、朝ドラで脚光を浴びるまで絶縁状態でした。

高校時代に出会った演劇の世界で成功を収めた堺雅人さん。

これからもその活躍に期待しましょう!